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アサヒビール西宮工場アサヒビールニシノミヤコウジョウ

津門大塚町にあったアサヒビール西宮工場を国道沿いから写しています。
「日本麦酒鉱泉株式会社」は昭和2年、津門大塚町に西宮工場を建設します。竣工当時の新聞では西宮工場の設備について「人力を要するもの殆どなく、見ていて面白い程である」「その装置の精妙、規模の雄大ただただ驚嘆の外なく」と伝えています。昭和8年、合併により「大日本麦酒株式会社」西宮工場となります。工場は順調に売上を伸ばしていましたが、戦争末期の昭和20年5月に出されたビール仕込みを禁止する命令により仕込みを中止せざるを得なくなります。加えて8月5日から6日にかけての空襲で約1,500発の焼夷弾を受け、工場の大部分が焼失しました。それでも終戦直後には早くも復旧・製造再開し、昭和40年に世界初の屋外発酵貯蔵タンクを開発しました。近年は工場見学などで年間約10万人が訪れる人気施設でしたが、工場再編に伴い平成24年8月に閉鎖されました。

DATA

資料番号2820401906
制作年月日1962年06月02日
作成年代昭和30年代
地理情報  (周辺地図)
所蔵機関情報公開課
更新日2018年07月23日